Analyzer

アメリカに住んでいた、ある高校生の記録。 (元ブログ名「星条旗と俺。」)

スポンサーサイト

Posted by yonish on

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

この記事をシェアする!
拍手する

Murder of Justice

Posted by yonish on   2 comments   0 trackback

2011年5月2日。(正確には1日ですが)
この日は、アメリカの歴史に刻まれる日となりました。


朝、1時限目の教室に入ると、
「We got him, we got him!」と叫んでいる生徒たち。

喜びに満ち溢れた光景。

朝のPledge of Allegianceも、心なしか、いつもよりも大きな声で。

国旗への敬意を、精一杯に表している様子のアメリカ人。



Osama Bin Laden (by AFP Photo)
Osama Bin Laden (by AFP Photo)


もう、言うまでもないかもしれません。
今日、この日は、オサマ・ビンラディンが殺害された日。
10年に渡ったアフガニスタン戦争への終止線が、ようやく見えた日です。
ビンラディン容疑者を殺害:ロイター


2001年の9.11事件の衝撃以来、今に至るまで、
アメリカはずっと、アフガニスタンとの戦争を続けてきました。

そして今回遂に、国際的テロ組織アル・カイーダ(Al Qaeda)のリーダーである、
オサマ・ビンラディン(Osama Bin Laden)が
アメリカ・CIAの極秘任務の中で射殺されたことによって、
その長かった戦いの目的が果たされました。


アメリカ人はやっぱりこの成功を喜んでいるようで、
ニューヨークやワシントンD.C.では、既に集会が行われているようです。
(ビンラディン容疑者死亡、ワシントンやNYで市民が歓喜:ロイター)



この成功にはもちろん、喜ばしい要素はあります。
しかし本当に、この出来事を両手を挙げて喜んで良いものでしょうか。



これで戦争が本当に終わったかと言えば、そんなことはないわけです。
リーダーを殺害したところで、次のリーダーが現れるかもしれない。

そもそも、既に共通認識となっている、オサマ・ビンラディン=首謀者というのも、
完全な根拠によって裏付けられた事実ではありません。
もし冤罪なんてことになれば、もうどうしようもありません。



そして殺害してしまったら最後、もう尋問することも二度と叶わない。
彼が文字通り、墓場まで持って行ってしまった謎はまだまだ多かったはずです。

このような行動を秘密裏にしてしまっては、
「アメリカが何かを隠している」という意見が現れるのも当然に思えてしまいます。


遺族も報われるのでしょうか。
こちらの記事(日本語)も、なかなか考えさせてくれる記事です。



もちろん、これを受け入れ、素直に喜んでしまうという手もあるかもしれません。
何も考えず、犯人であるビンラディンへ報復が成功したと考えれば、
これはオバマ大統領の言った「good day for America」に他なりません。



しかし、これは少々、安易なのではないかと思えてなりません。

報復が成功したということは、またさらなる報復があるかもしれない。
そしてその報復に備えなければならない。

戦争は終わらない。



そう思ったので、「これで戦争が起こるかもしれない」とアメリカ人に言ったら、
「それじゃあ、今まで10年間続けてきたのは戦争じゃなかったのか?」と言われました。
確かにそうだ。
…そうなんだけど。



結局武力へ武力で立ち向かっても、結果は見えています。

オバマ大統領は、今回の成功に関する演説でこう言いました。


"On nights like this one, we can say to those families who lost loved ones to al Qaeda's terror: justice has been done,"


「今日のような夜に、愛する者をアルカイダの手によって奪われた者たちへ、やっと、こう告げることができる。
『正義は果たされた。』と。」
※僕のセルフ翻訳です


では何をもって、『正義』を定義するのか。
あまりに漠然としすぎて、僕に答えは定められません。

しかし、「殺害」という形で無理矢理終わらせてしまうやり方は、
僕としては、少し正義から離れてるのではないかと思います。



では、どうすれば良かったのか。
…それに対する答えだって、持ち合わせているわけでもないのですが。

でもせめて、真相は明かしてほしかった。
「殺った。勝った。」で、終わらせてほしくなかった。



そう思うのは僕の自分勝手でしょうか。


スポンサーサイト

この記事をシェアする!
拍手する

Comment

煎茶 "No title"
結構前に現代文で読んだのですが、
アメリカは多文化、多民族の統合を維持するために
普遍主義になっていて、
また、アメリカを拡大することは
自由を拡大することになる…と彼らは考えている
みたいな内容でした。
…うろ覚えですが

まあ、このままでは
やられて、やり返す、の繰り返しになっちゃうんじゃないかな。。

正義については野原ひろしがこう言っています。
『正義の反対は悪なんかじゃないんだ。正義の反対は「また別の正義」なんだよ。』
これは的確だと思います。
2011.05.03 08:49 | URL | #pYrWfDco [edit]
yonish "Re: No title"
>煎茶さん
なるほど…

普遍主義はかなり感じますww
しかし自由の拡大というのは思いつきませんでした。

それは、アメリカ=自由の国だから、
アメリカに占領されれば自由になれるよ、という
アメリカ至上主義のこと…でしょうか。

だとすれば、やっぱり問題ですよね…
しかしアメリカ人には確かにそういう部分も…ありますね。汗

アメリカ人には「喧嘩両成敗」っていう言葉が必要かもしれませんね(-_-;)


野原ひろしってクレヨンしんちゃんですよね??
あれで結構良いこと言いますねぇ…( ̄▽ ̄)笑

皆が皆、自分の正義を持っているとすれば、
本当の正義か悪かどうかにかかわらず、
善悪を決めつけられるものは出てきてしまうでしょうね。
(『歴史とは勝者によって作られる』とはよく言ったものです。)


相手を理解しようとするのが、誰もが賛成できる自由と正義への一番の近道なのかもしれません。
(って前にもこんなこと言ったような…!?(゜-゜)笑)
2011.05.03 16:51 | URL | #- [edit]

Post comment

管理者にだけ表示を許可する

Trackback

trackbackURL:http://starsme.blog.fc2.com/tb.php/39-34fd8152
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。